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何とかなる選択肢
何とかなる選択肢
漠然と幸せになりたいと願ってしまいますが、人は何をしている時、幸せだと感じられるのでしょうか。
仕事、スポーツ、子育て、趣味等、何かに打ち込んで成果を得られると、充実感を味わい、幸福感を得られます。
しかし、人間関係がぎくしゃくしたり、自分への期待が大きくなり過ぎたり、逆に見放されたと感じたりすると、ストレスの割合が増し、自分の中のバランスが崩れ、僅か数か月程度でも、体調に現れることがあります。何かを成し遂げようと積み重ねていくことは長い時間がかかりますが、崩れていく時は、ガタガタと音を立てていくかのように儚い。
災いと感じるような出来事は、誰にでも起こります。そして、平気だと思っていても、自分が受けたダメージは予想以上に大きいこともあります。とても傷ついた時、誰かに助けを求めたくなりますが、誰かと一緒にいた後、その反動か、余計に寂しくなったりします。気持ちの調子が悪い時は、何をしてもスッキリしません。些細なことで凹んだり、傷ついたり、焦ったりしてしまいます。
その状態から抜け出したい。打破するためには、どうしていけばいいでしょうか。
例えば、信頼していた友人に裏切られ、仕事もお金も失くして途方にくれた時、あなたなら、どのような考えが浮かびますか。
① もうどうすることもできない。何もかもお終いだ。
② こうなったのは、あいつのせいだ。許せない。
③ 私がうかつに信じたからこんな目にあってしまった。全部私のせいだ。
④ もう何も信じられない。何もかも投げ捨てて逃げてしまいたい。
⑤ 起きたことは仕方がない。
あなたらなら、どの表現に親近感を持てますか。
どれもとっさに頭を過る言葉だと私は思います。ショックを受け、落ち込み、周りが見えなくなる状態になる。いつまでも自分を責め続け、お終いだ、無理だ、許せないという考えに縛られると、自分の傷に塩を塗り付け、傷はどんどん深くなってしまいます。
傷ついたら、立ち直ろうとすればいい。
先ほどの考えも、
① 日々、状況は変わるものだし、人生は続く。そんな簡単に終わりはしないか。
② 人のせいにしていても状況は変わらないしな。
③ 結局、誰よりも自分を責めて許せないと思っているのは、私自身か。私が私の一番の敵になっているよな。
④ 逃げたところで何処に行く?しんどさを先延ばししているだけだよな。
⑤ さっさと自分ができることをしよう。小さくていい、行動しよう。
と、気持ちを切りかえて考えることができます。気持ちを切りかえるまでに時間は必要ですし、切り替えているつもりで、できていなかったという時期もありますが、自分を変えていくことは可能です。
自分以外の誰かを変えようとしても上手くいきません。生きていれば、楽しいことは少なく、試練にたくさんぶつかります。人との関係も、この関係がずっと続けばいいのにと思っても、時間と共に誰もが年齢を重ね、関係性も変化していきます。この変化は誰にも止められません。
何とかしたいなぁと思ったら、小さな喜びをみつけられる自分を手に入れるために動き続けることなのだなぁと感じています。
眠れない憂鬱
眠れない憂鬱
睡眠は大事と言われます。そこに異論はありません。
でも、眠れない日が続くと辛くなります。
悩みがあって眠れない。
緊張することがあって眠れない。
気持ちが高ぶって眠れない。
また、今夜も眠れないのかな。
眠れない時間は、とても長い。
せっかく眠ったのに夜中に目が覚める。
アラームより先に目が覚める。
日中、身体がだるくてしんどい。
私は、昼寝をしない子どもでした。
旅に出ると、寝付けない。
最近、寝ていられる時間が短くなりました。
これは加齢ですね、きっと。
自慢になりませんが、昔から寝るのが下手です。
どこでもすぐ寝れるという人が羨ましい。
安らかに眠る方法はないかなと探しますが、お酒や眠剤で寝ても、それは睡眠ではなく、気絶しているのと同じだと知りました。眠るのと気絶は違うのですね。
後、不眠は誰にでも起こることで、それを病気にするかしないかは自分次第なのだそうです。確かに、眠れないことは辛いことだと決めつけていました。違う捉え方もあるのか。
例えば、狩猟採取していた時代に深く寝入ってしまえば、外敵に命を奪われる可能性が高くなります。猫はよく眠りますが、ちょっとした物音に反応します。物音に敏感でいる方が生き残りやすいですし、その遺伝子が受け継がられている可能性は高いのかなと。それは、大事なスキルだったのではないでしょうか。
電気が発明される前は、日没すれば寝て、日が昇れば活動していました。火の明るさで仕事することは難しいですし、燃料費もかさみます。現代は、夜でも照明で明るく、仕事もできてしまいます。体内時計が狂う環境に暮らしています。
病は気からと言います。
眠れなくて気に病むより、誰にでも起こることと思えば気が楽になります。
願望としては8時間、いや7時間ぐらいぐっすり眠ってみたいですが、叶わない夢です。
これが、私の睡眠ペースなのだろうなぁと納得して過ごそうと思います。
常識の賞味期限
常識の賞味期限
「普通は、こうするよね」
よく耳にする言葉。
周りと同じことができていれば一安心。
皆がしているから私もしておく。
でも、そこに疑問を感じ始めると、そこにいる居心地が悪くなります。
そんな風に感じる私がおかしいの?
普通からはみ出しているの?
どうして私は馴染めないの?
誰が何と言おうと私はイヤです、やりません!
とはっきり言えればいいですが、この場所で生き続けようと思うと、そんなこと言えないという人も多いでしょう。
私たちは何を気にしているのでしょうか。
親の期待に応えようとしている?
周りの圧力にあらがえない?
常識と思っているものは、実は変わらないのではなく、時代によって大きく変化して今にいたっています。
例をあげると、私が新社会人になったのは、30年以上前になりますが当時、暗黙のルールとして「寿退社」なるものがありました。
女性社員は、結婚を機に退職届を提出して、皆から祝ってもらいながら会社を去ります。結婚せずに年齢を重ねると「お局様」として敬遠されます。まるで、結婚することが女の幸せと決めつけられていた世界でした。
今の時代では、考えられない世界です。
時代の背景で、常識は臨機応変に形をかえます。
特に今は、情報がいくらでも手に入る時代です。
自分の親世代と同じようにしていれば、何とかなるわけでもありません。
終身雇用、年金、利子、どれもこれからの生活を守れそうにありません。
定期預金は、10年間預ければ倍の額になるという時代もありましたね。
相次ぐモノや運賃の値上げで、悲鳴を上げたくなります。
常識を相手が持ち出す時は、あなたが自分と同じようにしてくれることで安心したいのでしょうね。
巷は、常識で溢れています。そこに合わない自分を責めていませんか。
常識の賞味期限は、どんどん短くなっていますよね。
常識より、あなた自身を大切にする方を大事にしてください。
堂々としなくても、こっそり自分を大事にしたらいいと思うのです。
あなたは、何のために働きますか?
あなたは、何のために働きますか?
生活するためには、お金が必要です。
お金を得るためには、働かなければなりません。
働くといくことは、生きていく上で避けては通れないものです。
でも、それだけではありませんよね。
働くと、あなたの時間の多くを費やします。
それも莫大な時間を。
そして、何の仕事をしているかが、世間へ向ける顔になります。
「△△にお勤めなのですね。」
所属があるということは、相手に「自分はこういうものです。ご安心を」という証となります。
世の中の人々は、個人ではなく、どこに所属しているかでその人を図ろうとします。
かく言う私も、初対面の人に対してしていると思い当たります。
仕事以外なら、
〇〇学校に通われているの。
□□さんとこのお母さん、お父さん、お子さん。
相手にとって、シンプルにどこに所属しているかわかると安心しますが、自分自身に対してはどうでしょうか?
私の場合、〇〇ちゃんのママという立場だけだと、子どもが巣立った後に私に残るものはあるのだろうかと不安になりました。
所属先も、自分が納得している間はいいですが、
勤めていると、このままここで働き続けてもいいのか悩んだり、
人間関係にトラブルが発生したり、
自分にはもっとあう仕事が他にあるのではないかと迷ったり、
いろいろな想いが沸き上がってきます。
仕事に向き不向きはあります。
わかりやすいところだと、力が弱い人間が力仕事をしてもできませんし、続きません。力仕事をしたければ、まず身体を鍛えてからになるでしょうか。
職業面接を受けるまでに、ある程度その辺りは自身で判断しているものでしょう。
どのような仕事でも、プラス面とマイナス面があります。
そのバランスがあなたにとって、どちらに重きがあるかで仕事に向かう心持が変わります。
私は、これまで様々な仕事をしてきました。例えば、一人職場の疎外感、職場の風土、業務作業の効率性の違い、感じるところが多々ありました。仕事が己を占拠する力は大きいですが、仕事を受け身でし続けるとマイナス面が先立つようになるようです。
もっと自分にあった仕事、やりがいを感じられる仕事が他にあるような気がしますが、私の経験では、そんなものは皆無に近いと知りました。
仕事をプラスに感じるためには、仕事を変えるより、自身を変える方が早い。ポイントは2つ。
これからの自分の肥やしになるように考える。
自分の拠り所を職場のみにしないこと。
今の職場を闘病しなければならなくなったり、倒産、リストラ等、自分の意志ではどうにもならない事態で職場を失うことになっても自分が生きていける道を作っておくことは大切です。
そのための対策として、副業を持つこともありだと思います。
副業をしなくても、自分ができることを増やしておく。
自分の肥やしというイメージがわかりやすくなったでしょうか?
仕事からつかみ取ることは、小さくて具体的なことで充分。
仕事に使われるだけではない自分を持つことが、とても大事だと実感しています。
里親家庭の物語1
里親家庭の物語1
先日、立命館大学主催のフォスタリング・ソーシャルワーク専門講座で、里親家庭の体験を話す機会をいただきました。里父、里母、里姉それぞれの立場で感じたことを話しました。
里姉である娘とは、何回か一緒に話をする機会がありましたが、今回は、里父も初参加する形となりました。
里親をしたいと言い出したのは、里母の私。
里父も里姉も、巻き込まれた立場で話してもらいました。
里姉が、中学生の時に里子が我が家に来てくれました。
以前よりも里親制度の認識が進んでいるとは言え、世の中多くの方が、「里親って、どんなもの?」と思っていると思います。
自分の周りに里親をする家族がいたら、あなたなら誰に様子を尋ねますか?
我が家の場合は、中学生の娘に親戚や教師が、「里子を迎えてどうなっているの?」と聞いてきたそうです。
娘は、その時、私に何も言いませんでした。
高校生になり、皆の前で話すとなった時に初めて娘から聞かされました。
そして、「しんどかった」と泣き出しました。
母親なのに気づけなかった自分が情けなく、娘に対して申し訳なさでいっぱいになりました。
里父も、皆の前で話しながら、言葉を詰まらせる場面がありました。
「自分の子どもにしてやったことを里子にもしてやりたかった。
それが、里子にとっては過剰な刺激になっていたのかも知れない」
と、涙ぐんでいました。
夫なりに良かれと思ってしていたことが、今となって思えば、裏目に出てしまったようだと悔やんでいました。
娘も夫も、第三者が聞いているというシチュエーションがなければ、出てこなかった言葉です。
皆の前で話す機会がなければ、二人の気持ちをいつまでも知らないままでいたでしょう。
いろいろな事が起こり、皆、傷つきました。
里子にとって我が家に来たことの意味は何だろう。そして、私たち家族にとってもと苦しくなる時もあります。
里子とは離れて暮らすことになりましたが、離れて暮らしている今も交流は続いています。
数か月に1回程度ですが、一緒に出掛けています。
離れてからの再開時は、お互いぎこちなかったのですが、だんだんと肩の力を抜いて会えるようになっています。里子も私たちも、会える日を楽しみにし、笑いあえる日が訪れるようになるとは、夢にも思いませんでした。
改めて、人生は続いていくのだと感じています。