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猫の話
猫の話
対人援助学マガジンでも書きましたが、可愛がっていた保護ネコが白血病を発症して7歳で逝ってしまいました。まだまだ若くて、もっと一緒に過ごせると疑いませんでした。
異変を感じたのは息づかい。いつもより早くてぜぃぜぃしているように見えるけど、夏バテだろうか。
動物病院に連れて行くと、胸に水が溜まっていました。
水が溜まるのが落ち着いたのですが、食欲がなく見る見る内に、ガリガリになっていきました。
再度動物病院に連れて行くと、血液検査をしましょうとなり、
「残念だけど」と医師が語り始め、白血病が発症しているとわかりました。
その翌日に逝ってしまいました。
覚悟はしていたつもり。
でも、寂しくて仕方がない。
込み上げてくるものを抑えられない。
家に来た当初は、怯えて何処に隠れたかわからなくなって家中探し回りました。
月日が経ち、撫でられると喉を鳴らしてくれるようになり、
名前を呼べば、ニャーと鳴きながら来てくれるまでになりました。
とても可愛い子でした。
逝ってしまってから、猫のトイレやエサ箱を片付けた。
トイレがなくなり、その場所がガランと広くなった。
名前を呼んでも、返事はない。
私の気持ちもガランと何かが抜け落ちた感じがします。
夫が、「待っている猫がいるのではないか?」と言い出しました。
また、保護ネコを迎えることに異議はありません。
けど、すぐに連絡を入れる元気は起きず、すぐに連絡を入れられなかったです。ただ、鳴き声がしない家があまりに寂しかったから、保護ネコがいる所に連絡を入れた。すぐに子猫の兄弟か1歳過ぎの姉妹の写真が送られてきました。
夫にどちらがいい?と尋ねると、
「貰い手がつきにくくなるだろうから、1歳過ぎの姉妹にしよう」と言った。意外だった。そんなことを考えているのか。猫の成長は早いから、家においでと思ってくれたようだ。
ゲージを洗って組み立てて、片付けたトイレを引っ張り出した。
姉妹が来て約1週間。警戒は続いているけど、撫でられて気持ちよさそうにもしてくれる。シャーと怒られることもあって、少し凹む。
同じ猫でも、この姉妹は置いてあるモノをいっぱい落として、何故かゴミ箱に入っていた。前の猫はモノを落とさないタイプの子だったのかと改めてわかった。
姉妹猫を見ながら、亡くなった猫が恋しくなる。
新たに猫がやって来たら、先住猫を忘れてしまうのかと思ったけど、違った。
姉妹猫はかわいいし、慣れてくれるまでの過程が楽しみ。
そして、先住猫も隣にいて恋しさも一緒にいる。
何となく、その煮え切らない感情を大切にしていたい。
それは、私がひそかに思っていればいい。
今を生きている猫たちには、自分が一番可愛がってもらっていると思うように接しよう。
わかるために、知ろうとしている?
わかるために、知ろうとしている?
この世には、知らなくても済むことが数多くあります。皆と同じことをしていれば、何事もなく過ごせる。だから学校の成績を伸ばして、いい大学に入り、安定した所に就職しなさい。それで人並みの生活が保障されるから。
本当にそうでしょうか?
団塊世代の家族像は、男は外で働き、女は家を守り、子育てをする専業主婦が主流でした。それが幸せなのだと言われていました。本当にそれが幸せならば、今も専業主婦が憧れの的として語られているはずですが、そういう声は聞こえてきません。
賃金が年功序列ではなくなり、女性が社会で働くことが当たり前になり、スマートフォンを持ち、生活を快適にするモノが次々と発売され、夫の収入だけで家族を養うことが難しくなり、時代背景の移り変わりが、生活スタイルに大きな影響を与えているとわかります。
その時代、時代で世間が言う「幸せ」は変化しています。
子どもの頃は、花嫁修業、結婚は25歳まで、寿退社という言葉をよく耳にしましたが、今は死語です。贅沢三昧できる専業主婦ならなってもいいと思う人はいるでしょうが、質素な暮らししかできなくても専業主婦になりたいと希望する人は稀でしょう。
今は、時代の変化が大きくなっています。
スマートフォンの存在は、時代の変化を加速させました。親が感覚的に持っている当たり前は、今の子どもには通用しません。そして、予想もしないことをやってのけるのが、子どもというものです。子どもを少しでもわかりたいと思うなら、自分の当たり前を見直す必要があります。
女性が社会で働くことが当たり前になる以前は、社会で働こうとチャレンジした人がいます。その人は、周りから馬鹿にされ、周りと同じように生きるように説教されてもやり通して、後輩に道を作ったのです。
今は、自分が知ろうと行動すれば、いろいろと調べられます。
子どもが興味を持っていること
気になった職業についている人の人生
行動の意味するもの 等
ちょっとでも、心にひっかかったものを知ろうとすることは、他者を柔軟に捉えることにつながります。
それをするためには、自分の気持ちに意識を向けることからです。
意識しないと、何かを感じても流れてしまいます。子どものことが心配なら、何が自分を不安にさせているのか考えてみればいい。
親の当たり前に子どもが反発していることが原因だったりします。その当たり前について調べるのもいいでしょう。
人とのコミュニケーションが上手くいかないのであれば、どの場所で、誰と、いつ、どの状況で起きるのかを整理するだけで見えてくるものがあります。
例えば、学校ではないのに家では不機嫌になり、暴れることが多い。運動会の練習が始まった頃から、だんだんと悪化している。
学校で、皆に合わせようと頑張って、上手くできなくて苛立って、我慢して帰って来ているのかもしれません。
相手に変化を求めても上手くいかないものです。まずは知ろうとするために自分ができることを探して、実行する方がいい循環がやってきます。
何て言われてきた?
何て言われてきた?
あなたは、親に言われてきたことでどのような言葉を思い出しますか?
私は、「恥ずかしい」「恥ずかしい事しないで」です。褒めてくれたこともあると思いますが、ネガティブな言葉の方が先に出てきます。きっと息子や娘も私と同じようにネガティブな言葉を覚えているような気がします。
これは言った方と言われた方の違いですね。親としては、子どもをいっぱい褒めてきたつもりでいますが、子どもの方は気持ちを傷つけられた言葉を根に持ちやすい。
ネガティブな事を子どもに言ってしまうことは、誰にでもありますが、その頻度は気にした方がいいのではないかと感じます。
「ダメねぇ、あなたは何をやらせてもできないわね」
「可哀想ね」
「あなたのせいでいつも上手くいかなくなるわ」
「わがままで困ったものね」
「あなた一人じゃ何もできないのだから」
「あなたのためを思って言っているの」
などと言われ続けると、自分を信じられなくなります。
何もできない私のできあがりです。
これらの言葉は、私のためではなく言っている人のためのものです。言っている人自身が無能ではないと確認するために、すぐそばにできない人を作り、自分の存在意義を感じる役割を与えようとしてしまうのです。
私の母は、90歳になりますが子どもを自身の分身として扱いたい気持ちが続いているようで、ランチに出かけると、私と同じものを注文したがります。母が好きではない味だとわかっているので、違うものにした方がいいと伝えると「あんたは冷たい」と責めます。母にとって都合がいい出来事には、「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えてくれますが、意見が分かれることを言うと母に利益があっても責められます。子どもの頃、母が考えていることと違うことを言うと叱られたことを思い出します。些細な場面から、母が私をコントロールしようとしていることを感じます。母自身も無意識にしていますが、落とし穴にはまらないように用心した方が賢明です。
子どものためと口では言いながら、実際は自分を守るために子どもの行動をコントロールしようしていることが見えたら、そこの土俵に乗らないようにしたらいいですし、自分が子どもの行動を知らない間にコントロールしようとしているかもと心配になったら、子どもとの距離感に幅をもつように意識することが大切です。
自分自身のものの見方を広げるように感性を磨きましょう。本を手に取るだけでも、自分が体験していない世界に触れることができます。そして、子どもには様々な社会に触れる経験を大事にして欲しいと感じます。世の中は理不尽なことが多いですが、その中を生きる術も覚えていくことが大切になります。常識や社会の価値観以外の生き方や道があることを知ることが支えになります。
様々な人の生き方を知り、それを尊重していくと、自分から出てくる言葉が変わります。
同じ出来事でも、見える部分が違ってくるので、この子の頑張りや凄さや素敵さが見えやすくなります。声掛けをする方もネガティブよりもポジティブになれることを願っていることが多いですし、それができると相手に信頼を抱き、自分に自信を持てるようになれるようで、いい表情になります。その顔は、とても美しいと感じます。
パーマネンシー(子どもを護り続ける難しさ)
パーマネンシー(子どもを護り続ける難しさ)
子どもの人権に注目が集まるようになり、児童福祉法にも子どもの人権が謳われています。その権利の中にパーマネンシーの保障があります。養育者や住む場所の継続性、永続性を実現しようとするもので、子どもへの安定したケアの保障です。
社会的養護という言葉をご存じでしょうか?
何らかの事情で、やもえず家庭で生活できない子どもを社会の責任で育てていくことです。
社会的養護の場として、乳児院、児童養護施設、児童心理治療施設等の他、養育里親やファミリーホームも含まれます。
施設養育では、主たる養育者が継続的に子どものケアをすることは物理的に困難です。職員は通ってきますし、休日もあり、勤務形態も様々で、子どもが求める時にその職員がいるとは限りません。
養育里親は、家庭に子どもを迎えるので一緒に住むことになります。里親が休日だから家にいないということにはなりません。その環境があれば、パーマネンシーが保障されるわけではありません。
私も養育里親をしましたが、里子が中学2年の時に離れて暮らすことになりました。家庭と言う場所では、里子を守れない状況に陥り、身も心もボロボロになりました。それは、里子も一緒に暮らしていた実子も同様です。
里子と離れた時、
里子は我が家に来て良かったのだろうか。余計に辛い思いをさせてしまったのではないか。
里子に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
考えないようにしても、いつの間にか頭の中でグルグルと考え出し、何をどう整理したらいいのかわかりません。
里子は、その後施設入所となり、里子の新生活が落ち着いた頃から、私たち家族はボランティアという形で里子と一緒に外出をする交流を重ねました。最初は、お互いによそよそしい感じでしたが、里子が私たちと会おう思ってくれたことに感謝です。
里子と離れた時に頭をよぎったのは、里子が嫌いになって離れたわけではないと知って欲しいということでした。
里親でなくなり、里子にとって何の力も持たない存在。それなのに、あるいはそれだからか、里子が「水族館に行きたい」「ソフトクリーム食べたい」等を言うようになりました。一緒に暮らしている時は、「別に」「知らん」ぐらいしか語らなかったのですが、学校での出来事等も話してくれました。
里親でなくなったからなのか、時間が必要だったのか、はたまたその両方かわかりませんが、やっと頼っても大丈夫と思ってくれたのだと感じました。
気が遠くなるほどの時間がかかりました。
養育者ではなくなりましたが、里子と繋がりを感じることがやっとできました。
それは、里親家族を救うものでもありました。
里子が自立してからも、連絡を取り合って出かけています。これからもトラブルは起きるでしょうが、困ったら相談してくれることは、このチームが力をつけていることだと思います。
社会的養護の場でのパーマネンシーの保障は、本当に難しいと骨身に沁みました。
難しい中でも、繋がることを少しでも選んで、行動し続ける。
そんな、些細なことが大事なのだろうと感じています。
コミュニケーションは、得意ですか?
コミュニケーションは、得意ですか?
コミュニケーションが苦手だと聞くことは多いですが、コミュニケーションが得意と言う人にはほとんど出会ったことがありません。とても上手だと感じる方でも、自分のマイナス面があると思っているものです。
人と関わらなければ生きてはいけないけど、ずっと一緒にいると息苦しくなる。
誰にでもある感覚で、この両極端に揺れる気持ちが自信をなくさせるのでしょう。そして、誰もがコミュニケーションにある種の苦手意識を持っている。それなりに社会と接点を持ち続けられていれば、まずまずと言えるでしょう。
いろいろな親子と出会い、引っ込み思案、お喋り、目立ちたがりの子、知的しょうがいや発達しょうがいのある子と、出会う子どもの数だけ個性がありました。親御さんの方も様々で、「何怖がっているの?何にも怖くないのだから行ってきなさい」と言う人もいれば、子どもの不安に我慢強くつきあっている人もいます。子どもにつきあおうとすると時間がかかるので、申し訳なさそうに謝ってくるので、「気にしなくていいですよ。初めての場所だもんね、知らない所いやよね」と子どもに声をかけると、ホッとしたような表情を親御さんが見せます。
この親子の物語には、悲しい経験もいっぱいあったのだろうと感じます。
その悲しい物語に付随するのでしょうが、
「子どもが行きたがらないから辞めました」
「子どもがやりたがらないからしていません」等
子どもの意志を尊重してしないという選択肢を繰り返している親子もいます。
子どもの意志を尊重していると言えば聞こえがいいですが、子どもにとって必要なものまでもなくしてしまうことになっている時があります。
わかりやすく言うと、命に係わる治療が必要な子どもに、子どもが嫌がるからと治療しない選択肢を選べるでしょうか。
子どもが嫌がるからという言葉の裏には、親自身が避けたい気持ちが潜んでいることがあります。私も、息子が幼児の時にサッカーチームに入ったのですが、やりたがらないからと辞めたことがあります。今思い返せば、スポーツ観戦をあまりしない私の忍耐のなさの方が大きな理由だった気がします。子どもが楽しそうにやってくれたらと内心思っていましたが、私の負のオーラが子どもに伝染したのかも知れません。子どもは親の意向を無意識の内に汲もうとします。親のネガティブな感情が子どもに影響を与えるのですね。
コミュニケーションが下手だと感じる時は誰にでもあって、そこを悲観する必要などないと教えたらいいのだとわかってきました。親は、子どもが社会と関わっていく道を一緒に探し、そこを護る責任があるのだと感じます。