ブログ
里子と家族
里子と家族
先日、研修の中で、我が家の話を第三者が語る場面に出くわしました。思いがけずの初体験だったので、自分の事なのに他の人の話を聞いているような感覚がありました。客観的に自分の話を振り返ることはそうそうあるものではなく、感情に流されずに振り返る機会となった。
その時、講師は児童相談所職員時に里親に対して厳しい眼差しを向けていたことを思い出したと話さえていました。確かに里親をしていた当時、里子をよりよい道に導かなければと勝手に責務を負っていたなと思います。里子を理解したいと願いつつ、トラブル続きの里子を何とかしなければと考えていた面も否めません。
里子と別れて暮らすことになった時、身を切られる思いを知りました。己の力不足さに打ちひしがれていた。この子に取って、我が家に来て良かったのか、辛い思いをさせただけなのではないか。そんな事ばかり考えてしまう日々を過ごしていました。
せめて、里子に伝えられる事があるとしたら?
里子と暮らせなくなっても、定期的に会いに行かせてもらい、施設からの外出を重ねました。最初は、決まずそうな顔で出会い。そうして何回か出かけている内に、この人たちは通い続けてくれると信頼してもらえたようで、「〇〇へ行きたい」とリクエストをしてくるようになりました。他府県の水族館に行きたいとリクエストされた時は、施設にそこへの外出は許してもらえるかお願いをし、この弾丸外出は、笑いながら話す思い出となりました。
施設を退所しグループホームで暮らす事になり、手伝いを依頼され、何だろうと思ったら、サイズが大きすぎて持ちこめない冷蔵庫を返品しに行って欲しいとのことでした。自立の練習を兼ねて、一人で買いに行ったそうです。そこで、持って行ける大きさの冷蔵庫はワンドアのもので、冷凍庫が分かれていないと嫌だと不服そうだったけど、一緒に悩んでワンドア冷蔵庫に落ち着きました。
今は、何かあるとLINEをくれます。
どうしても学科に一発合格したいから、今日は徹夜で勉強するわ。
寝不足になると頭が回らなくなるから、ほどほどにねと返信する。
受かった。俺天才だわ。
だね。
思わず笑顔になってしまう。反発ばかりで、話をすることも難しかった頃もあった。今は、信用してもらえているのだなと感じます。
家族にはいい頃も辛い思いをする頃もある。そういうものだ。私たち里親家族の話を聞いていて、上手くいかない時に里親と離れ、関係が終わってしまうものだとするのは、おかしいのではないかと講師は話していた。里子と里親の関係は、もっと人間らしく捉えてもいいのではないかと私も感じています。
答えのみつけ方
答えのみつけ方
人生山あり谷ありと言いますが、落ち込むことは誰にでもあります。悩んでいる最中、しんどさと辛さでいっぱいになり少しでも早くここから抜け出したい、その答えが欲しいと渇望してしまいます。
例えば、仕事関係で上手くいかない時、職場に出て行くことが辛くて、でも休んだら周りに迷惑をかけてしまう、何とか頑張らなくてはと自分を鼓舞して出勤しようとしますが、どんどん体調は悪くなる。平気そうな顔をしているつもりでも、元気がない様子は伝わる。眠れない、食欲がなくなる、眩暈がする等、身体に症状が出始めます。気持ちはまだ頑張れると思っていても、身体は限界だと警告を出しています。
そのような状態になったら、職場から離れる選択を言われますし、必要なことなのだろうと思います。でも、この「答え」で気持ちが楽になれるわけではありません。
休めば、心理的負担が軽くなる部分もありますが、働いていない自分が社会の落伍者のように感じ、休んでいることに罪悪感を抱くと、別の悩みに変わります。ここから逃れるためには、旅に出ますか。収入がなくなるかもしれない未来を感じながら旅行をする勇気を持てるか、持てないか。私は持てないですね、小心者なので。
そうすると、働くことが次の答えになります。さて、どこで働いたらいいでしょうか。部署を変えて職場復帰をする、別の会社に再就職をする、全く別の職種を目指す辺りでしょうか。部署を変えても通う場所が同じだと身体が反応するかも知れない、別の会社への就職活動が上手くいかなかった時のダメージが大きそう。所属がなくなる恐怖。そして、再就職が叶ったとしても上手くいく保障はありません。別の職種を目指しても、いざ就職活動となれば就職活動、人間関係は他のものと同じように迫ってきます。選択肢として、どれも正解で同時に不正解なのでしょう。
働いても、働かなくても心穏やかにならない。答えを探し求めても、何故かドンつまりになったり、悪循環になったりする。目先の答えを探し続けても上手く回らない。そんな時は、答え探しから離れて、問いに変えてみるのはどうでしょう。
私は、何故働きたいのだろう?お金がないと生活に困るから?
お金があれば、働かないで何をして過ごす?その生活で心穏やかに過ごせる?
人間関係で躓いたら、相手は何故そのような言動をした?
相手の人は、自分に自信があるように見えて、自信がないから強い口調になるのかも知れない。どの部分に劣等感を抱いているのだろう?
答えは言わばゴールで、先に続きませんが、問なら質問を繰り返すことが可能です。最後に、私はどうしたい?という問いに巡りあいます。急いで答えを具体化しようとするとから回る気がします。まずは、自分の中の整理なのでしょう。私はどうしたい?の問いから、一つの就職先ではなく、複数の居場所を持っていたい、自分の表現をできるようになりたい、誰かの役に立ちたい、感謝できる人になりたい等、自分の中の想いが上に浮かび上がってきます。でも、問はいつまでも続き、これが答えがというものにはなかなか巡りあえないものだなぁとも感じています。
出版記念オンライン研修 in金沢
出版記念オンライン研修 in金沢
前回は、家族面接の事例を書いたことをお伝えしました。その出版記念イベントがオンラインで開催されました。
『対人援助のための「観察力」と「質問力」の磨き方』出版記念イベント
対人援助に役立つ!あなたに直接伝える観察力と質問力の磨き方講座
編著の千葉晃央さん、寺本紀子さん、早樫一男さんが中心に話をされ、私が書いた家族面接事例も登場しました。多くの申し込みをいただきました。ありがとうございます。
7名の著者が金沢で活動されているので、京都から4人金沢にお邪魔させていただきました。そして、中央法規の編集の方が東京からかけつけてくれました。初めてお目にかかる方がほとんどでしたが、気さくに迎い入れてもらい居心地がとてもよかったです。ありがとうございます。
研修の受講者からは、どのような質問をしていけばいいのか困っているという声が届きました。研修の中では、質問紙を読み上げていくやり方ではなく、この家族を理解するために何を聞きたいか、聞くためにはどのような質問の仕方があるかイメージを持っておくという話がありました。
例えば、10歳の子どもがいるご夫婦にいきなり「実子ですか?」とは聞きづらいですが、「ご結婚されて何年ですか?」の方だと尋ねやすくなります。「5年です」と返ってきたら、「再婚なのですか?」という質問が自然な成行きとして出てきます。この聞き方だと、形式的に聞いているようにならないので、聞かれた方も話しやすくなります。ほんの少しの配慮で、関係性も変わってきます。
いろいろなタイプの方がいて、どの方にも同じことをすればいいわけではありません。その方に合わせて(ジョイニング)言葉やトーンを選ぶ配慮も忘れてはならないことです。ただ、誰でも胸の内に「わかって欲しい」や「聞いて欲しい」という気持ちを持っています。そこに手が届く質問ができると信頼をしてもいいかなと思ってもらえるようになります。良好な関係を築けると、前向きに捉えられるようになり、できることが増えます。
そうなると笑顔が増えます。その空気感が好きで、対人援助を続けているのだろうなぁと改めて感じます。質問の仕方を工夫してみると、面白いことが起こるかも知れません。お勧めです。
家族面接の事例を書いて
家族面接の事例を書いて
お知らせに載せましたが、
『対人援助職のための「観察力」と「質問力」の磨き方 実践に役立つ事例ワーク・質問集』
(中央法規)で、家族面接の事例を書いたので、家族面接の話を書きたいと思います。
私は家族面接で出会う家族が変化していき、家族の力強さを感じる瞬間が好きです。
最初は、親は子どもの悲しみや怒りを見ようとしない、子どもは誰も信じていない、この親子大丈夫か?と心配したこともありますが、ファミリーセラピストを挟んで話をし、お互いの気持ちがわかるようになると姿勢、表情、言葉、トーンが変わってきます。
何かの話題が出た時、話していない他の家族に
「あなたはその時、どう感じましたか?」
「今の話を知っていましたか?」
「お父さんは悲しかったようですね」等、
ファミリーセラピストが、丁寧に家族一人ひとりの話に耳を傾けます。
「その時は腹を立てていました」
「その話は知りませんでした」
「悲しいのではなく、怒っているのだと思っていました」
人は聞かれないと語りませんし、言葉にしようとして初めて自分の気持ちに気づくこともあります。
また、家族の中で話題になっているトラブルが、些細だなと感じることもあれば、深刻な話なのに気楽そうな印象だと映ることもあります。社会的な背景もあり、母親が働くことは当たり前な事だと受け止められるようになってきましたが、自分の家では仕事をせずに家族を優先させて欲しいと言われている方もいます。
何を言われてもマイペースに働き続ける。
仕事を辞めて専業主婦になる。
パートタイマーに切り替える等、母の選択はそれぞれです。
育児、家事、仕事のバランス感覚は必要ですが、「働かざる者食うべからず」と諺もあるのに、何で働いていることで責められないとならないのだろうと感じますが、それは私の感覚なので、そこも丁寧に父、母、子どもに尋ねていきます。世間の話としてはそうだなと思えるけど、我が家では認めたくないということは、割と起こっています。家族の選択を責めることはしませんが、その意味を一緒に考えています。
家族面接では普段は語られないお互い、そして自分の気持ちを耳にすることになります。そんな風に思っていたのかと知ることで、怒りの感情が落ち着く、わざとしていると思っていたことがそうではなかった、勘違いだったとわかる等が起きると家族の態度が変わり、向き合おうとしていきます。
人は皆違い、家族もまた同じ家族は存在しません。私は家族面接で、家族の通信機器のようなことをしているのかなと感じています。
私の父親
私の父親
私は父親と暮らしたことがありません。写真で見たことがあるけど、知らない人。
父と出会ったのは、中学生の時。私は会いたくなかったのですが、母親に「今後の事を考えたら会っておく方がいい。会いに行きなさい」と言われて渋々出かけて行きました。もちろん、父の耳には私が会いたがっているからと届いています。本当に迷惑。
父は中学生の私に「学校はどうだ?何の勉強が好きか?」と尋ねるだけで、後の話題が続きません。
これって、私と話すことがないと言っているのも同じですよね。私に興味がないのだなと感じた中学生は、帰りたくて仕方がない。父親との初対面はもっと感動的なのだと信じていたので、何か裏切られた気分。
そんな訳で、私は父親と言うものが理解できていない人間なのだろうと感じていました。
父親不在について母は、凄いことを言ったことがありました。
「飲んだくれのくだらない〇〇さんの父親ならいない方がマシでしょう」
何て失礼なことを堂々と言うのだろう。
これも中学の時でしたね。私が母を反面教師に感じ始めたのは、この辺りからかも知れません。父と食事を定期的にするようになり、母の言われた通りにせずに話をしたら父と笑いあう時間がありました。これが反面教師にして生きていこうと確信に変わった出来事だというのは覚えています。
子どもにとって親の影響は良くも悪くも絶大です。いろいろなタイプがいますが、子どもも馬鹿ではありません。
それでも、親に愛されないと感じると自分が悪いのではないかと自分を責めてしまいます。大人になっていろいろな家族の話を聞くようになりました。
悪いことは何でも子どものせいにする父親。
自分自身を最優先させる父親。
子どもに好かれたくて母親と張り合う父親。
ほとんど子どもを叱らない父親。
父親の数だけ違いがあって、面白いです。
夫は、自分の好きなことで子どもと遊ぶのが上手い。言い換えれば、父親というより子どもがもう一人増えているように見えます。我が子たちは、父をどのように感じているのかわかりませんが、一人ひとり違う印象を持っていると思います。
子どもは、あまり「親」というイメージに縛られなくてもいいのでしょう。それとは逆に親は、子どものためになることを一所懸命考えて欲しいものです。