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鈍磨した気持ちを動かしたい
鈍磨した気持ちを動かしたい
年を取ったせいなのか、感情の動きが鈍磨していてきているような気がします。遊びにも行きますが前にも似たような所に行ったなと感じ、本を読むと何となく物語の展開が透けて見えることも増えました。人と話もして、笑い、時には腹も立ちますが感情の起伏が小さくなっているような気がしてなりません。いろいろな経験をして、世の中の仕組みもある程度わかり、見通しが持てるようになったのでしょう。よく言えば安定しているのかも知れませんが、面白みがありません。どうせなら面白がって生きたい。
さて、どうしたらいいだろうか。何があったら気持ちが動いてくれるのか。
私は、知らなかったことや気づかなかったことを知るのと楽しくなる。
後は、何かに没頭する時。その世界に入り込める物語に出会うと続きが気になって仕方がなくなります。
子どもと会えるのも嬉しいです。
こうして探していくと気持ちを動かす術はあるのだとわかりましたが、それを簡単にみつけられなくなっているのかも知れません。これが年を取るということなのでしょうか。体力の衰えも関係しているかなと感じます。
この前、夫と人生最後にユニバーサルスタジオジャパンに出かけようかという話で盛り上がりました。待たずに回れるチケットを購入したら行く気が起きるような気がすると日程調整を試みたのですが、その日が近づいてくると面倒くさくなって別の場所に出かける案が浮上します。もう、あの人ごみに紛れる気がどうしても起きない。若い頃は、ワクワクして行っていたのですけどね。
若い頃と言えば、よく悩んで、しょっちゅうクヨクヨ、イライラ、モヤモヤしていていました。
最初は自分にまつわることで悩み、恋をすると気持ちがジェットコースターのように動いていました。ちょっとしたことで嬉しくなり、不安になり、嫉妬をして、忙しい事この上ない。やがて悩みの種が子どものことに移っていきました。子どものトラブルは、私の知らない所で起こるので、突然もの凄い勢いで私の目の前に立ちふさがります。そして自分のことより、子どものことで悩む方がしんどくてもどかしい。渦中にいる時は、その問題で必死になっていて周りがよく見えず、その悩み事に気持ちの大半を奪われていました。どうしたらいいのだろうと悩み、夫に怒りをぶつけることもありましたね。
子どもも大人になり、それぞれに家を出て、自分の力で生活を始めると子どもに怒る出来事を知る機会は減り、私はのうのうと生活する時間が増えています。
子育てをしている間に突然起きる問題に耐性ができて、自分を守るために少々のことでは動じないように気持ちを鈍磨させる術を身につけきた。荒海の航海をしてきた若い私は、今よりもエネルギッシュで踏ん張っていて、それが生きている感覚だと学習してきたとしたら、凪の航海をしている今の生活をつまらないと、物足りなさを感じているのなら、このつまらなさこそが安心できる生活の渦中にいる証なのか?間違っているかもしれないけど、違う角度でつまらなさを見つめられて面白くなってきました。もしかしたら年齢を重ねると気持ちが鈍磨するのではなく、奥深くなってきているのかも知れませんね。