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2026-02-28 20:43:00

欲しい言葉は単純

 

欲しい言葉は単純

 

 2月は短いことを失念していました。もう2月が終わってしまうと気づきました。時の流れの速さにビビります。

 

 今ちょうど2月末から3月にかけて、京都国際社会福祉センターで家族療法ワークショップ対人援助職のための自己覚知―原家族と向き合うーを開催しているところです。3年弱ぶりの開催で、8名の受講生がそれぞれ自分の生まれ育った家族のことを振り返ります。1人たっぷり2時間かけて自分の家族のことを他のメンバーと一緒になって正面から向き合う機会で、とても濃い時間を繰り返していきます。

 

 原家族を振り返る時、両親が既に亡くなっていてもう話をすることができない状況にあると、聞けなかったこと、言えなかったことを抱えモヤモヤが晴れないまま過ごしていると話す人に出会います。親に何を聞きたかったのかを尋ねられて、一所懸命に説明しようとするのですが、そこに気持ちが入っていないことは伝わってきます。そうすると、本当に聞きたいことは何だろうと感じます。説明しようとすればするほどそれは強くなり、空回りしていきます。

 

 何故、説明したくなるのか。本音を隠したい、聞きたいことが具体的な言葉になることを拒んでいるのかも知れません。

 

 ワークショップでは、参加者がその当時を「家族造形法」という手法で表現し、何を感じたかを語り、展開させ、また語っていきます。

 終盤に「お父さんが好きだった?」

と尋ねられると、しばらく逡巡して

「はい、そうですね。好きだったと思います」

 

「お父さんは、あなたが好きだった?」

 

その人の顔に血の気が戻ったように見えました。

あー、これだったのか。

大人になると複雑な事かのように語りやすくなりますが、本質は単純な事です。

 

親子でも夫婦でも大切な人を好きでいたい、好きでいて欲しい。

それだけなのに、大人になるほどいろいろ考え込んしまいますね。