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パーマネンシー(子どもを護り続ける難しさ)
パーマネンシー(子どもを護り続ける難しさ)
子どもの人権に注目が集まるようになり、児童福祉法にも子どもの人権が謳われています。その権利の中にパーマネンシーの保障があります。養育者や住む場所の継続性、永続性を実現しようとするもので、子どもへの安定したケアの保障です。
社会的養護という言葉をご存じでしょうか?
何らかの事情で、やもえず家庭で生活できない子どもを社会の責任で育てていくことです。
社会的養護の場として、乳児院、児童養護施設、児童心理治療施設等の他、養育里親やファミリーホームも含まれます。
施設養育では、主たる養育者が継続的に子どものケアをすることは物理的に困難です。職員は通ってきますし、休日もあり、勤務形態も様々で、子どもが求める時にその職員がいるとは限りません。
養育里親は、家庭に子どもを迎えるので一緒に住むことになります。里親が休日だから家にいないということにはなりません。その環境があれば、パーマネンシーが保障されるわけではありません。
私も養育里親をしましたが、里子が中学2年の時に離れて暮らすことになりました。家庭と言う場所では、里子を守れない状況に陥り、身も心もボロボロになりました。それは、里子も一緒に暮らしていた実子も同様です。
里子と離れた時、
里子は我が家に来て良かったのだろうか。余計に辛い思いをさせてしまったのではないか。
里子に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
考えないようにしても、いつの間にか頭の中でグルグルと考え出し、何をどう整理したらいいのかわかりません。
里子は、その後施設入所となり、里子の新生活が落ち着いた頃から、私たち家族はボランティアという形で里子と一緒に外出をする交流を重ねました。最初は、お互いによそよそしい感じでしたが、里子が私たちと会おう思ってくれたことに感謝です。
里子と離れた時に頭をよぎったのは、里子が嫌いになって離れたわけではないと知って欲しいということでした。
里親でなくなり、里子にとって何の力も持たない存在。それなのに、あるいはそれだからか、里子が「水族館に行きたい」「ソフトクリーム食べたい」等を言うようになりました。一緒に暮らしている時は、「別に」「知らん」ぐらいしか語らなかったのですが、学校での出来事等も話してくれました。
里親でなくなったからなのか、時間が必要だったのか、はたまたその両方かわかりませんが、やっと頼っても大丈夫と思ってくれたのだと感じました。
気が遠くなるほどの時間がかかりました。
養育者ではなくなりましたが、里子と繋がりを感じることがやっとできました。
それは、里親家族を救うものでもありました。
里子が自立してからも、連絡を取り合って出かけています。これからもトラブルは起きるでしょうが、困ったら相談してくれることは、このチームが力をつけていることだと思います。
社会的養護の場でのパーマネンシーの保障は、本当に難しいと骨身に沁みました。
難しい中でも、繋がることを少しでも選んで、行動し続ける。
そんな、些細なことが大事なのだろうと感じています。